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EDELWEISS ブログ

こちらは、「EDELWEISS」のブログです。
管理人・ゆうじの日記帳のようなものです。
ホームページの更新情報、スポーツ情報、芸能情報など、
いろいろな情報を不定期に書いていきます。
訃報

元西武の一塁手・片平晋作氏が、昨日、膵臓癌のため亡くなられました。

68歳でした。

片平選手は、もともとは南海(現ソフトバンク)に所属していましたが、1982年に西武に移籍し、田淵選手らとともに、西武の黄金時代に活躍しました。

一塁手のレギュラーでしたが、当時は日本シリーズで指名打者が使えなかったため、日本シリーズでは田淵選手が一塁に入り、片平選手が外されたこともありましたが、一塁の守備は、片平選手の方が断然上でした。

日本シリーズで、田淵選手の守備固めで一塁に入り、打順が回ってきてホームランを打ったこともありました。

清原選手の加入後は出番が減り、1987年には大洋(現DeNA)に移籍し、1989年限りで現役を引退しました。

引退後は、西武でコーチや二軍監督を務め、2013年には、女子野球チームの監督を務めました。

 

フランスの歌手で、特に1960年代に活躍したフランス・ギャルさんが、今月7日、乳がんのため亡くなられました。

70歳でした。

フランス・ギャルさんの代表曲は、日本では 弘田三枝子さんや中尾ミエさんが歌って大ヒットした「夢見るシャンソン人形」でした。

ぼくがその曲を知ったのは20代の頃(ヒットして、20数年経った頃)でした。

最初は日本語版しか知りませんでしたが、とてもいい歌なので、いろいろ調べてみて、フランス・ギャルさんの歌であることを知り、CDを購入しました。

今も、そのCDは大切に保存しています。

ちなみに、「夢見るシャンソン人形」のシングルレコードが発売されたのは、ぼくが生まれた1965年9月だったらしいです。

 

亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。

| スポーツ&芸能 | 19:50 | trackbacks(0) |
大相撲初場所、酣

大相撲初場所は、後半に突入しました。

今場所は、第一人者の白鵬関が早々と休場しました。

そして、体調が万全でないにもかかわらず出場していた稀勢の里関も、1勝しかできないまま休場しました。

それに反して、今場所に進退を懸けるつもりで出場した鶴竜関は、初日より順調に勝ち続け、幕内で唯一、中日8日目で勝ち越しを決めました。

御嶽海関、栃ノ心関、大栄翔関の3人が1敗、松鳳山関、朝乃山関の2人が1敗で、後を追っています。

逸ノ城関も、星は上がっていないものの、横綱や大関を倒したり、勝ちっぱなしだった御嶽海に土をつけるなど、健闘しています。

十両では、1敗の千代ノ皇関がトップで、新十両の水戸龍関をはじめとする4人が2敗です。

今場所は、話題の力士2人が初土俵を踏みました。

元横綱・大鵬関の孫で元関脇・貴闘力関の三男の納谷君と、元横綱・朝青龍関の甥の豊昇龍君です。

2人とも、既に新序出世は果たしており、来場所から番付表に名前が載ります。

 

十両の大砂嵐関が、場所前に車を無免許運転し、事故を起こしていたことが発覚しました。

本人は、初めは自分が運転していたことを否定していましたが、本日、認めたとのことです。

相撲協会では、「現役力士は車を運転してはいけない」という規則がありますが、その規則を破り、しかも無免許となると、重い処分を受けることになるでしょうね。

大砂嵐関は、本日より休場することとなりましたが、その休場は、言わば“引責休場”“自粛休場”でしょうね。

大相撲も、不祥事が絶えませんね。

| スポーツ | 15:40 | trackbacks(0) |
大相撲初場所、開幕

本日より、大相撲初場所が始まりました。

3人の横綱が揃って出場していますが、稀勢の里関のみ黒星スタートとなりました。

大関陣は、2人とも白星スタートでした。

東京場所では、先々場所&先場所の優勝者の優勝額が飾られ、除幕式が行われますが、先々場所の優勝者・日馬富士関は既に不祥事で引責引退しているため、優勝額は飾られたものの、除幕式は行われませんでした。

今場所は、幕内に休場力士は居ませんが、十両では豊響関、宇良関、貴ノ岩関が休場しています。

 

巡業中に不祥事を起こした立行司・式守伊之助氏は、3場所出場停止という重い処分を受けることとなりました。

既に、本人から辞表が提出されており、3場所の出場停止後にその辞表が正式に受理されるようです。

従って、伊之助氏は退職まで土俵に上がることはできません。

今場所の横綱土俵入りの先導は、4人の三役格行司が交替で行い、結びの一番の裁きは、三役格で最上位の式守勘太夫氏が担当します。

今まで、行司の昇格は、ほとんど年功序列でした。(たまに、序列が入れ替わることもありましたが)

この度は、行司の頂点に立っている人が不祥事を起こしてしまいました。

これを機会に、しばらく立行司の後任は置かず、現在在籍している全行司をあらゆる基準で審査し直し、序列を組み直してみてはどうでしょう。

昭和49年頃にも、このようなことが行われていると聞いています。

立行司は、現在の三役格行司4人を今年いっぱい審査して、立行司にふさわしい人を2人選んでほしいです。

 

先月末から今月にかけて、翔天狼関、北太樹関、双大竜関が相次いで引退しました。

翔天狼関、北太樹関は年寄として相撲協会に残りますが、双大竜関は退職しました。

また、元光法関の音羽山親方が、昨日付で退職しました。

「相撲のページ」の「相撲部屋一覧表」「年寄一覧表」を更新しています。

 

訃報です。

元幕内・和晃関の杉浦敏朗氏が、今月1日に亡くなられたらしいです。

75歳でした。

現役時代の最高位は前頭筆頭で、引退後は年寄「若藤」を襲名し、晩年には理事も務めました。

また、定年前には、ひと足早く定年退職した元大関・清國関のあとを受け、「伊勢ヶ濱」の名跡を襲名し、当時の伊勢ヶ濱部屋を継承していました。

しかし、本人も定年が近かったため、数ヵ月で部屋を閉じ、再び「若藤」の名跡を名乗り、2007年8月に定年退職していました。

元和晃関のご冥福をお祈りいたします。

尚、現在の伊勢ヶ濱部屋は、安治川部屋の師匠だった元横綱・旭富士関が年寄名跡を「伊勢ヶ濱」に変更したため、「伊勢ヶ濱部屋」となったものであり、先程触れた伊勢ヶ濱部屋とは別の部屋です。

| スポーツ | 20:00 | trackbacks(0) |
訃報

阪神タイガースの元監督・星野仙一氏が、一昨日、膵臓癌のため亡くなられました。

70歳でした。

星野氏は、岡山県倉敷市の出身で、同市市民の我々にとっては、英雄でした。

現役時代は中日の投手で、特に阪神と巨人には滅法強い人でした。

引退後は、中日の監督を2度(1度目=5年、2度目=6年)務め、2002年・2003年には阪神の監督を務めました。

2003年に阪神が優勝したものの、体調不良のため退任し、阪神のオーナー付シニアディレクターに就任しました。

そして、2011年から4年間、楽天の監督を務めました。

監督時代は、全部で4回の優勝を経験していますが、成績はもとより、野球への情熱を人一倍持っており、監督に向いている人でした。

まさに、「闘将」でした。

阪神では、野村監督時代に土台を作り、星野監督が喝を入れ、優勝させることができました。

その“勝利の方程式”は、楽天でも活かすことができました。(楽天では、野村氏と星野氏の間に、ブラウン氏も1年だけ就任しましたが)

「野村監督 → 星野監督」は、まさに必勝リレーでした。

いずれ、阪神のオーナー付シニアディレクターに戻ってもらい、阪神の選手たちに喝を入れてもらいたいと思っていただけに、本当に残念に思います。

星野監督のご冥福をお祈りします。

| スポーツ | 20:39 | trackbacks(0) |
謹賀新年

みなさん、明けましておめでとうございます。

 

本年も、よろしくお願いします。

| その他 | 23:01 | trackbacks(0) |
良いお年を

みなさん、もうすぐ平成29年が終わりますね。

ぼくは、数年前までは紅白を見て、更に「ゆく年くる年」も見て、新年を迎えてから寝ていましたが、新聞配達をするようになってからは、さすがに起きている訳にも行きません。

もうすぐ寝ます。

 

本年も、当ホームページにアクセスしていただきまして、ありがとうございました。

多忙なため、更新が度々遅れまして、申し訳ありませんでした。

来年も、よろしくお願いします。

 

では、良いお年を。

| その他 | 21:58 | trackbacks(0) |
大相撲の新番付

来月開催される大相撲初場所の新番付が、今朝発表されました。

白鵬関は、横綱在位が63場所目となり、北の湖関と並んで最高記録です。

関脇で休場した照ノ富士関は、前頭10枚目に急降下し、大関は遠退きました。

竜電関は、一時は怪我で序ノ口まで下がったことがありましたが、努力と辛抱が実り、ついに入幕を果たしました。

 

ぼくは、最近の番付編成の仕方で、納得できない点が多かったですが、新番付では、納得の行く編成もできていました。

それは、玉鷲関・貴景勝関・阿武咲関の序列です。

最近は、関脇〜小結で勝ち越した場合は、勝敗に関係なく序列は変わらないということが多く、納得行きませんでした。

しかし、今朝発表された番付では、小結で8勝した阿武咲関よりも、前頭筆頭で11勝した玉鷲関と貴景勝関の方が序列が上です。

最近の編成の仕方から考えると、阿武咲関を関脇に、玉鷲関と貴景勝関を小結にしそうな感じでしたが、今回は先場所の成績を考慮し、妥当な判断ができたと言えます。

昭和50年代の頃に戻ったようで、嬉しいです。

欲を言えば、貴景勝関も関脇に昇進させ(関脇を3人にして)、前頭3枚目で11勝していた北勝富士関を小結に昇進させれば、尚良かったです。

 

大相撲初場所は、1月14日より開催されます。

 

「相撲のページ」の「九州場所、結果」を「初場所、番付」に差し替え、「年寄一覧表」「行司一覧表」「呼出一覧表」「床山一覧表」も更新しています。

| スポーツ | 17:09 | trackbacks(0) |
Merry Christmas!

みなさん、楽しいクリスマスイブをお過ごしでしょうか?

 

ぼくの方は、相変わらずバタバタしております。

阪神タイガースの新入団選手の入団発表はとっくに行われているのに、「支配下選手一覧表」は更新できていませんし、大相撲では伊勢ヶ濱親方が理事を辞任したし、錣山親方らが時津風一門を離脱したのに、「相撲部屋一覧表」「年寄一覧表」も更新できていません。

仕事は一日中あるわけではないのですが、早朝からの仕事なので、常に寝不足しており、パソコンに向かってうたた寝をすることも多いし、体調は万全とは言えません。

 

忙しい中、昨日は、クリスマスケーキを作りました。

56作目の手作りケーキです。

忙しいせいか、スポンジ作りの手順を間違えてしまいました。

なんとかスポンジはできましたが、薄っぺらで、凸凹の多いスポンジになってしまいました。

でも、クリームをたくさん用意していたので、暑く塗ってカバーしました。

完成したら、その日のうちにホームページにアップし、クリスマス恒例のケーキ作りはなんとかクリアできました。

あとは、年賀状も全然書いていないし、ホームページの更新もできていないし(上記参照)、部屋の片づけ等もできていません。

しかも、今週は、歯医者に行く予定もあるし、母も病院に行くことになっているし、大相撲の番付発表もあるし、ある会議にも出席する予定ですし、相変わらずバタバタしそうです。

 

大相撲の新番付が明後日発表されるので、更新の遅れている「相撲部屋一覧表」「年寄一覧表」は、その時に一緒に更新する予定です。

阪神タイガースの「支配下選手一覧表」は、年末ぎりぎりか、越年になるかもしれません。

迅速な更新をモットーにしていたはずのホームページなのに、このようなことではいけないですね。

 

| ホームページ情報 | 20:25 | trackbacks(0) |
日馬富士、引退

大相撲の横綱・日馬富士関が、本日、相撲協会に引退届を提出し、受理されました。

みなさんもご存知のとおり、10月の巡業中の暴行事件の責任を取るための引退であり、言わば引責辞任のようなものです。

引退することとなったのは非常に残念であり、気の毒でもありますが、後輩力士を殴って怪我をさせたとなると、言い訳をして許されるというものでもないので、引退はやむを得ないでしょう。

今後はどうするのかは、まだ決まっていないとは思いますが、今回の事件のことを深く反省し、新天地で同じ失敗を繰り返さないようにしてもらいたいです。

 

日馬富士関の土俵入りは、不知火型でした。

不知火型の土俵入りを行った横綱は極めて少人数で、今まで、不知火型の横綱が同時に2人以上在籍したことはありませんでしたが、日馬富士関の昇進により、白鵬関と同様に不知火型の土俵入りを行い、「 横綱 が2人とも不知火型をやるのは初めて」と話題になりました。

日馬富士関の引退により、雲龍型=2人、不知火型=1人となりました。

 

日馬富士関、長い間ご苦労様でした。

| スポーツ | 20:41 | trackbacks(0) |
大相撲九州場所、閉幕

大相撲九州場所は、昨日閉幕しました。

今場所も、上位の力士が次々と休場し、白鵬関の対抗馬が居ない状態になりましたが、その中で優勝争いを面白くしてくれたのは、北勝富士関と隠岐の海関でした。

2人とも、13日目まで白鵬関を1差で追い、千秋楽に優勝決定戦が行われることも期待されましたが、14日目に力尽きたのか、両者が続けて敗れ、白鵬関が勝ったことにより優勝が決まりました。

白鵬関は、通算40回目の優勝という偉業を達成しました。

でも、11日目の行動はいただけません。

立ち合い不成立と自己判断し、審判員に抗議をしたり、なかなか土俵に上がらなかったり、礼をしなかったりと、横綱にあるまじき行為をしてしまいました。

あの相撲は、両者とも手をついているし、ほぼ同時に立ち上がっているし、互いに攻撃して、相撲になっていました。

待ったが認められないのは、当然でしょう。

たとえ不成立だとしても、審判はどう判断するのか分からないのですから、力を抜いてしまってはいけません。

まして、上記のような行為は絶対にいけません。

40回目という区切りの優勝でしたが、白鵬関にとっては、悔いの残る優勝だったでしょう。

 

三賞は、殊勲賞=貴景勝関、敢闘賞=隠岐の海関・安美錦関、技能賞=北勝富士関と決まりました。

敢闘賞=隠岐の海関と技能賞=北勝富士関は、当然の選考でしょう。

殊勲賞は、もし嘉風関が勝ち越していれば、優勝した横綱に勝ったということで、最も殊勲賞に該当していましたが、嘉風関は負け越したため、三賞の対象にはなりません。

白鵬関以外の横綱は怪我で休場したため、以前はそういう横綱に勝っても殊勲賞としないこともありましたが、やはり、厳しい条件を達成して昇進した横綱ですので、そういう横綱に勝った力士も殊勲賞の対象とするのは間違いではないでしょう。

2人の横綱を倒した貴景勝関に殊勲賞に選んだのは、妥当な選考でしょう。

あと、前頭筆頭で11勝を挙げた玉鷲関が、三賞に選ばれていません。

14日目まで10勝を挙げていたし、横綱や大関にも勝っているし、優勝を争った隠岐の海関と北勝富士関にも勝っているので、せめて、「千秋楽に勝ったら敢闘賞または技能賞」という条件付きにしてもよかったと思います。

また、逸ノ城関も「千秋楽に勝ったら敢闘賞」という条件付きにしてもよかったと思います。

安美錦関は、アキレス腱断裂の大怪我から立ち直り、久々の幕内で勝ち越したのは、確かに立派です。

しかし、三賞に選出するのはいかがなものかと思いました。

安美錦関は、過去に上位で活躍した実績があり、三賞もたくさん受賞しています。

今までは、そういう場合は条件を厳しくしていたはずです。

それなのに、千秋楽に勝って勝ち越し、尚且つ上位陣との対戦が無かったにもかかわらず、敢闘賞に選出されました。

他に該当者が居なかったのなら分かりますが、先程書いた玉鷲関や逸ノ城関のような適任者が居たのですから、もっと考えて選考してほしかったです。

安美錦関には、三賞でなく、特別表彰という形で、「努力賞」「特別賞」「カムバック賞」という賞を与えてもよかったと思います。

 

昨日、「相撲のページ」に「九州場所、結果」をアップしました。

ぼくの私製番付も載せていますが、実際は、そのようには行かないでしょうね。

近年の番付編成の仕方に従えば、「西関脇=阿武咲関、東小結=玉鷲関、西小結=貴景勝関」となり、北勝富士関は小結に上がれないでしょう。

でも、近年の番付編成の仕方には、ぼくは納得していません。

昭和時代の番付編成の仕方の方が、納得できます。

というわけで、ぼくの私製番付は、昭和50年代頃までの番付編成の仕方に則って作ってみました。

なので、いつも書いている「これは私製番付であり、予想番付ではありません」という追記を、今回は「これは私製番付であり、予想番付ではありません」という風に、「私製番付」と太字にし、「予想番付ではありません」にアンダーラインを引き、強調してみました。

 

日馬富士関の問題は、どうなるのでしょうね。

前にも書きましたように、人によって言っていることが違っていたり、言っていることがコロコロ変わっていたりしているし、また、聴取協力の要請を拒否する人も居り、なかなか前に進まない状態ですね。

とにかく、ありのままを証言し、早く解決してもらいたいものです。

| スポーツ | 10:41 | trackbacks(0) |